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半纏(はんてん) |
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大正時代、仲買店従業員が着用していた半纏ぢゃ。これを着たキリッとした若者は、当時かなりモテたんぢゃ。現代の「ビジネススーツ」みたいなものかのぉ。ワシも知り合いからこっそりもらった半纏を着ておったゾ。そりゃ〜、オフィスガールたちにモテたもんだったのぉ。ぢゃが、1921年(大正10年)頃には「立会場に出入りする者は洋服に限る」とされ、徐々に和服から洋服に変わっていったんぢゃ。 |
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手合帳 |
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1906年( 明治39年)9月に、取引員(現在の証券会社)である有野商店が使用していた手合帳( 注文をつけ合わせるもの)ぢゃ。手合帳には、売り注文を上に、買い注文を下に記録し、銘柄、株数、取引相手を筆で記録していたんぢゃな。なかなかおもむきがあるぢゃろ? |
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場電 |
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1941年〜 45年( 昭和16年〜 20年)に使われておった会員証券会社の専用電話を「場電」というんぢゃ。木製でハンドルを回して使う磁石式電話機で、東京株式取引所を設立したとき、すでに2本の電話がひかれておったんぢゃ。当時、電話の加入者は東京155人、横浜42人にしか過ぎなかったから、電話は非常にレアな存在だったんぢゃゾ。 |
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復興貯蓄債券売り出しポスター |
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1925年( 大正14年)、「第4回復興貯蓄債券」の売り出しに使われたポスターぢゃ。レトロなデザインが時代を感じさせるのぉ。当時、物価上昇抑制のために復興貯蓄債券が発行されたんぢゃが、その宣伝には、東京・大阪間を飛行機で飛んで、上空から宣伝活動をしたもんぢゃったなぁ。それだけ多くの人に買ってもらいたかったということぢゃな。 |